史上最大の野外フェスとなった伝説の『US FESTIVAL』




USフェスティバル

USフェスティバル(アス・フェスティバル)は、1980年代前半に2回行なわれた、音楽と文化のフェスティバル。日本語では「アース・フェスティバル」と表記されることもある。
Apple IIの生みの親であるスティーブ・ウォズニアックは、1980年のアップルの株式公開によって、30歳にして1億ドル超の莫大な資産を手にした。

1970年代は「ミー・ジェネレーション (en:Me generation)」の時代だったと考えていたウォズニアックは、1980年代が、よりコミュニティ指向になるよう促し、テクノロジーとロック音楽が強く結び付けようと、プロモーター(興行師)のビル・グレアムの参加を得て、「我々を」を意味する「アス (us)」を冠したUSフェスティバル(アス・フェスティバル)を企画した。

その1回目は1982年9月のレイバー・デーの週末に、2回目は1983年5月の戦没将兵追悼記念日(メモリアル・デー)の週末に開催された。会場の設営にかかる経費はウォズニアックが負担したため[3]、スポンサー企業の広告なども一切ない、新しい屋外会場と、ほとんど芸術品と言えるほどの仮設ステージが、カリフォルニア州サンバーナーディーノ郡デボア(英語版)近郊のグレン・ヘレン地方公園(英語版)に新設された。

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